大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(む)202号 決定

主文

別紙(一)押収品目録記載の押収物件につき申立人代理人が昭和四五年四月二三日にした還付請求に対し、大阪地方検察庁検察官がした却下処分は、これを取り消す。

理由

一、本件準抗告の趣旨および理由ならびにこれに対する検察官の意見

本件準抗告の趣旨は主文と同旨であり、その申立理由の要旨は、「主文掲記の物件は、昭和四四年一二月四日に、藤賀久夫に対する兇器準備集合等被疑事件につき、司法警察員新名弘幸により大阪市北区葉村町四一番地友栄荘一一号室の申立人平井知之方居室において押収されたものであるが、申立人代理人は、昭和四五年四月二三日に、刑事訴訟法二二二条、一二三条二項に基づき大阪地方検察庁検察官にその還付方を請求したところ、同庁検察官大倉定一は、捜査および公判手続上何らこれを留置しておく必要がないにもかかわらず、右請求に応ぜず、事実上これを拒否し、さらに申立人代理人が右拒否したこと(却下処分)の正式な通告を要求したにもかかわらず、右通告もなされないまま現在にいたってる。以上の次第であって、右還付請求に対し事実上却下(拒否)処分がなされていることは明らかであり、かつ右処分は不当違法であるから、その取消を求める。」というのである。

これに対する検察官の意見は別紙(二)および(三)の「各意見書」のとおりである。

二、当裁判所の判断

(一)  一件記録によると、藤賀久夫に対する兇器準備集合、公務執行妨害被疑事件につき、昭和四四年一二月四日に大阪府警察本部警備課所属の司法警察員新名弘幸が大阪市北区葉村町四一友栄荘一一号平井知之方において、緑色ヘルメット四五個(以下本件ヘルメットと称する)を他の物件とともに押収したこと、翌一二月五日右藤賀は前記兇器準備集合および公務執行妨害の罪につき公訴を提起されたが、昭和四五年四月二三日に右平井知之の代理人弁護士樺島正法が大阪地方検察庁に本件ヘルメットを含め右平井方で同時に押収された物件全部の還付方を請求したところ、同庁検察官は、同年五月八日にいたり、このうち「破防法研究」と題する書籍等を右代理人に仮還付したが、本件ヘルメットについては、還付も仮還付も行なわず、現在にいたるまで依然としてこれを手許に留置していること、なお右藤賀に対する兇器準備集合、公務執行妨害被告事件の公訴事実は別紙のとおりであって、本件ヘルメット押収の際の被疑事実も基本的にはこれと同一のものであることが明らかである。

(二)  ところで、本件ヘルメットについては、前記還付請求に対し、還付または仮還付をしない旨の検察官の明白な意思表示(却下処分)がみられないので、本件準抗告の対象である「処分」を欠く不適法な申立ではないかが一応問題となるので、まずこの点について判断するに、前記のとおり申立人代理人が昭和四五年四月二三日に、本件ヘルメットを含め申立人平井方で同時に押収された物件全部の還付方を請求したのに対し、検察官は同年五月八日にいたり、このうち「破防法研究」と題する書籍等を仮還付したが、本件ヘルメットについては、還付も仮還付も行なわず、現在にいたるまで依然としてこれを手許に留置しているのであって、右の事実に照らすと、検察官としては、本件ヘルメットは被告人藤賀に対する前記被告事件の公訴維持のためこれを留置しておく必要があるとして、その還付請求に応じなかったものと推認するほかない。したがって、明白な意思表示こそみられないが、右五月八日に他の物件を還付した際、本件ヘルメットについては還付請求に応ぜず、右請求を却下する旨の検察官の意思が暗に表示されたものと認めるのが相当である。

検察官提出の意見書(別紙(三))によると、刑事訴訟法二二二条によって準用される同法一二三条一、二項は還付または仮還付するについては決定でこれをなすべきこととしているので、実務上もそのようになされているが、還付または仮還付しない場合については特段の規定がないので、とくにその旨の意思表示をしなかった、とのことであり、かかる取扱いが一般的に行なわれているかのごとくであるが、かくては、かりに還付または仮還付しない検察官の措置に不服があっても、検察官の明示の却下処分がない以上同法四三〇条による準抗告は許されないと解するならば、現実にはほとんど不服申立の途がないことに帰し、いかにも不合理である。したがって、少なくとも本件のように還付請求後相当期間を経ても還付または仮還付がなされず、検察官の請求に応じない意思を推認しうる場合には、前記のとおり、検察官の黙示の意思表示(請求却下の処分)がなされたものとして、これを同法四三〇条による不服の対象とすることができると解すべきであり、結局本件申立は適法というべきである。

(三)  そこで進んで、右却下処分の当否について検討するに、本件ヘルメットに対する捜索差押手続そのものについては、とくに違法の点は認められず、本件では、検察官が右ヘルメットの留置を継続すべき必要性があるとして還付請求を拒否した処分の当否が問題であるが、この点については、次のとおり判断される。

1、一件記録によると、被告人藤賀自身は、本件事件当時緑色地に「全共斗」および「プロ学同」の文字が書かれているヘルメットを着用していたもので、警察機動隊の検挙がはじまったのでヘルメットを捨てて逃げようとした際現行犯として逮捕されたものであること、被告人の当時着用していたヘルメットは、捜査機関において特定確認されているものであり、かつ本件ヘルメット(四五個)中には含まれていないことが認められる。したがって本件における被告人の実行々為を他の共犯者とされる者等の行動と区別し、特定するために本件ヘルメットを留置しておく必要は全く認められない。

2、次に、被告人藤賀に対する本件の起訴状によると、同被告人は、ほか多数の学生と共同して凶器準備集合をし、さらに共謀のうえ公務執行妨害をなしたというのであるが、本件ヘルメットがこれら多数の学生である共同正犯者との意思の連絡の有無ないしその状況を立証するために必要か否かについて考えるに、かりに本件ヘルメットが還付されても、緑色ヘルメット四五個が前記押収当時申立人方に存在していた事実は、これらを証拠物として裁判所へ提出するまでもなく容易に立証できることであることを念頭におき、一件記録にみられる同被告人および他の共犯者と目される者等の供述調書の内容を検討してみると、右の意思連絡の有無ないしその状況、つまり共犯関係の事実を立証するために、とくに本件ヘルメットを公判提出証拠として留置しておく必要性は肯認し難いものといわざるをえない。

3、さらに被告人藤賀の前記各犯行についての共犯者の特定のために本件ヘルメットを留置しておく必要があるか否かが問題となるが、本件当時の現場写真中にヘルメットを着用し一応共犯者と目される者の写真が存在するが、ヘルメットに記載された文字、その大きさ、書体などについてみると、いずれも十分に鮮明なものとはいい難く、一方当裁判所の本件ヘルメットに対する検証の結果によると、いずれも色、形、大きさにおいてほぼ同様であるうえ、これに書かれてある文字の書体もほぼ一様でそれぞれに個性が認められないので、右の現場写真中にみられるヘルメットと本件ヘルメットとを対照することによって直ちにその同一性を確定することは困難であり、さらに被告人および他の共犯者と目される者等の供述調書を合わせ検討してみても、本件ヘルメット中から特定の共犯者が犯行当時使用したものと断定できるものを抽出することができない。この点について未取調の共犯者を将来取調べることがあっても、右の結論に変動をきたす可能性もまず考えられない。したがって、本件ヘルメットを公判廷に提出すべき証拠として留置しておかなければ、この点の立証上とくに支障をきたしこれを提出した場合に比して検察官側に不利な結果を招来するおそれがあるものとは認め難い。

4、本件については未だ第一回公判も開かれておらず、したがって、事案についての争点や検察官が証拠として申請すべき証拠書類の範囲およびこれに対する被告人側の同意、不同意の別等が全く未知の段階にあるだけに、検察官が公判に提出する必要があると判断していることの明らかな証拠物についてその必要性を否定することは、もとより慎重でなければならないが、すでにふれた点以外の諸般の事情を考慮しても、本件ヘルメットについては、検察官がその留置を継続すべき必要性を肯認し難いので、申立人代理人の還付請求を拒否した処分は、失当というほかない。

(四)  以上の次第であって、本件準抗告は理由があるので、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により原処分を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 永井登志彦)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例